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2010年06月10日

ジェンナーと種痘

エドワード・ジェンナー(1749〜1823)は、イギリスの医学者で、種痘を開発したことは、ほとんどの人か知っていることでしょう。

18世紀のヨーロッパでは100年間に6000万人もの人が天然痘で死亡したという記録があり、当時最も恐れられていた感染症です。

天然痘に感染すると高熱に引き続いて、全身に化膿性の発疹ができ、死亡率は10〜20%で、運良く治った人も醜い痘痕(あばた)面になりました。

天然痘に対する対する予防法としては、18世紀初頭に、天然痘患者の膿疱から抽出した液体を、接種する方法がアラブ世界からもたらせれましたが、この予防法では接種を受けた人のの2割以上が重症化して死亡する危険な方法のため、積極的には行われません出した。

当時、牛痘(牛の天然痘)にかかった人間は、その後天然痘にかからないという農民の言い伝えがあり、実際乳搾りの女性が牛痘にかかれば、以後天然痘には感染しないことが確認されていました。

ジェンナーはこれが天然痘の予防に使えないかと、1778年から18年間の長きにわたって研究を続け、1796年5月14日、ジェームズ・フィップスというジェンナーの使用人の子である8歳の少年に牛痘を接種しました。

結果は、少年は若干の発熱と不快感を訴えたのみ度、重篤な副作用は全く認められませんでした。

そして、6週間後にジェンナーは少年に天然痘を接種したが少年は天然痘にはかからず、牛痘による天然痘予防法が確立されました。

その後の天然痘の大流行を機にジェンナーの種痘法は急速に普及し、彼は「近代免疫学の父」と呼ばれるようになり、その後天然痘ワクチンは改良されて世界で使われ、1980年にはWHOにより天然痘の根絶が宣言され、この地球上から根絶されました。

切手は、1973年アファール・イッサ発行のジェンナー死去150年切手で、彼の肖像とウシと人及び注射器が描かれています。

ジェンナー.JPG
タグ:天然痘
posted by 血液の鉄人 at 19:06 | Comment(0) | 医学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月09日

モモイロペリカンは献血のシンボル??!!

モモイロペリカンと言う日本語の名前からするとピンク色のペリカンをイメージしてしまうと思いますが、実際にはこのペリカンの羽毛は真っ白で、英語の名前も「White Pelican(白いペリカン)」です。

白いペリカンがなぜ“モモイロ”という名前が付けられるかと言いますと、このペリカンは、繁殖期になると羽の色が変わり桃色になるからであるといわれています。

古来よりヨーロッパにはモモイロペリカンの母鳥は、飢餓の時自分の血液でヒナを育てるという伝説があり、そのためモモイロペリカンは「慈愛の鳥」と呼ばれています。

このことから、諸外国ではモモイロペリカンは、輸血のシンボルとして使用されますが、これが転じて“献血推進キャンペーンのシンボル”として使用されています。

下の切手は、1988年ブルガリア発行の動物切手でモモイロペリカンが描かれています。

bul24[1].jpg


献血推進に使用された、モモイロペリカンは、以下を参照して下さい。

http://tetsujin.hiho.jp/story/story03.html
posted by 血液の鉄人 at 20:20 | Comment(0) | 医学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

コンドームを描いた切手

HIVはコンドームを正しく使用すれば感染予防は可能です。

世界的にコンドームを正しく使用する教育を積極的に推進して、HIV感染者を激減させた国は多くあります。

各国は、コンドームの正しく使用してHIV感染予防を呼びかけたリアルな切手を多く発行しています。

1991年11月に日本エイズ予防財団が作成したコンドームの中に裸の女性を配し、「薄くても、エイズにとってはじゅうぶん厚い」の標語入りポスターが、表現に問題があるとして、公共施設での掲示を拒否されるなど各方面から非難される事態が発生したことありました。

そのことから以後コンドームを使用したポスターは一切作られていません。

そのような経緯からして、残念ながらわが国では、コンドームを描いたHIV予防切手の発行は、今後もされないでしょう。

2001年にレソトから発行されたエイズ撲滅切手は、兵士の顔にコンドームを描いています。

lesotho-2.jpgコンドーム レソト.jpg
posted by 血液の鉄人 at 19:07 | Comment(0) | 医学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月05日

全身麻酔を世界で最初に実施したのは誰?

現代医学で、難しい手術を可能とした背景には全身麻酔があります。

この全身麻酔は、誰が最初に行ったのでしょうか?

1804(文化元年)年10月31日に、華岡 青州(1760〜1835)が「チョウセカアサガオ(曼陀羅華)」に数種類の薬草を配合した「通仙散(麻沸散)」を使用して、乳ガンの手術を行ったのが世界最初です。

「通仙散(麻沸散)」が麻酔薬として応用できたのは、青州の妻「かえ」と「おつぎ」の協力による結果です。

実験台となった「かえ」は、盲目となったことは、1699年に発表した有吉佐和子の小説『華岡 青州の妻』で広く知られていることです。

華岡 青州が使用した「通仙散(麻沸散)」による全身麻酔は、米国のロング(1842年)やモートン(1846年)によるエーテル麻酔を応用したことよりも先立つこと40年も前のことです。

米国のシカゴにある国際外科学会の栄誉館には、立石清美作による『華岡 青州の全身麻酔下の手術』の絵が飾られ、華岡 青州の功績を全世界の医師に示しています。

2000年発行の「第100回日本外科学会総会記念郵便切手」には、華岡 青州の肖像と共にその時用いた麻酔薬「通仙散」の主剤であるチョウセンアサガオが描かれています。

花岡.bmp
posted by 血液の鉄人 at 17:02 | Comment(0) | 医学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
卵60.jpg

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