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2018年06月18日

ウナギの血液(血清)でヒトの血液型を調べる

ウナギの血液(血清)でヒトの血液型を調べることができます。

ウナギの血清は、抗H特異性を示すことから、ヒトのH抗原の検査に使用されます。

これを抗Hレクチンといいます。

ハリエニシダ(Ulex europaeus)の種子の浸出液もヒトのH抗原と反応しますが、その反応力(凝集力)が弱いことからウナギの血清を利用しています。

H抗原は、ヒトのABO式血液型の基本となる抗原で0型>B型>A型>AB型の順に多く存在するために、当然ハリエニシダの種子の浸出液もウナギの血清もこの順に強く反応します。

A型はA抗原を発現するA型転移酵素をコードする遺伝子を保有し、B型はB抗原を発現するB型転移酵素をコードする遺伝子を、AB型は両方の抗原を発現する遺伝子を保有しています。

A抗原、B抗原はH抗原からそれぞれA型転移酵素、B型転移酵素によって化学的に変換されるのです。

ところが、このH抗原を全く持っていない、あっても極めて微量しかないヒトが存在します。

H抗原を全くもっていない血液型をボンベイ型(Bombay)、極めてわずかしか持っていない血液型をパラボンベイ型(para-Bombay)といいます。

ボンベイ型(Bombay)はOh、パラボンベイ型(para-Bombay)はAh、Bh、Amh、Bmh、AmBmh、Omhなどがあります。

※ボンベイ型は、インドのボンベイ(現在のムンバイ)で初めて発見されたことから、この名前がつけられています※

ウナギの血清は赤血球上の微量のH抗原と非常に強く反応することから、ボンベイ型及びパラボンベイ型の検査にはウナギの血清が使われます。

ウナギの血清は、ボンベイ型とは全く反応しませんが、パラボンベイとは極めて弱く反応する場合(全く反応しないものもあります)が多いです。

ボンベイ型の人は100万人に1人の出現頻度で、日本では数十人しか確認されていません。
パラボンベイ型のヒトは30万人に1人の出現頻度で、日本では数十人しか確認されていません。

【余談】

ウナギの刺身は何故無いのか、ご存知ですか?

ウナギの蒲焼はよく見かけますが、ウナギの刺身は見当たりませんねぇ。

ウナギのは他の魚のように、何故刺身が無いのでしょうか?

実は、ウナギの血液には"イクシオトキシン"という毒が含まれています。

この毒は60度で加熱する事で死滅しますが、生のウナギの血液を処理するには相当な技術が必要となることと、全ての血を抜きさらに酢でしめて、ようやく食べられるという代物ですから、ウナギの調理方法が加熱であるかば焼きに限定されているのです。

処理がまずいと、"イクシオトキシン"が口に入った場合には、下痢、吐き気のような中毒症状が発生します。

目に入れば結膜炎のような症状を引き起こします。

当然"イクシオトキシン"は大量にとると、最悪死亡事故を引き起こす場合もあります。

ウナギはニホンウナギ、オオウナギ、ヨーロッパウナギ、アメリカウナギなど世界で19種類(うち食用となるのは4種類)が確認されています。

著者もウナギの血液を集めるために、ウナギの料理を提供している店にお願いして、板前さんがウナギをさばく横で、出てくるウナギの血液をピペットで集めた思い出があります。

切手は1995年フォークランド諸島発行の「花切手」でハリエニシダが描かれています。




ハリエニシダ.jpg



切手は1983年ポーランド発行の「国際連合人間環境会議10周年記念切手」で、ヨーロッパウナギが描かれています。



うなぎ.1983.jpg




切手は1977年スペイン発行でヨーロッパウナギが描かれています。





ヨーロッパウナギ.1977.jpg

posted by 血液の鉄人 at 07:46 | Comment(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

ホロコーストとオトポール事件−ユダヤ人を虐殺から救った日本人軍人−


ホロコーストとは、第二次世界大戦中にナチス党率いるナチス・ドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺を言います。

今回は難民として逃れてきたユダヤ人を人道的立場から助けた日本人を紹介します。

オスカー・シンドラー(1908〜1974)や杉原千畝(1900〜1986)はよく知られていますが今から紹介する日本人軍人のことは、あまりにも知られていません。

1938年(昭和13)3月8日、満州西部の満州里駅の対岸に位置するソ連領オトポールにドイツで迫害を受けたユダヤ難民が押し寄せて来ました。

ソ連はユダヤ難民の受け入れを拒否していたので、難民は満州国への入国を希望しますが満州国は日本とドイツの関係を気にして入国ビザの発給を拒否します。

この時のハルビン特務機関長であった樋口季一郎少将(1888〜1970)は、ユダヤ協会と交流があったことから、当時の極東ユダヤ人協会の会長アブラハム・カウフマン(1885〜1971)は樋口に難民の救済を訴えました。

樋口は「人道上の問題」としてユダヤ難民の受け入れを独断で決め満州鉄道総裁で後の外相松岡洋右(1880〜1946)に特別列車の要請をします。

現場では樋口の部下である安江仙弘(最終階級は陸軍大佐)(1888〜1950)が奔走しています。

※ユダヤ民族が大切にする聖典の「ゴールデン・ブック」にユダヤ民族が2人の日本人に感謝の意を表するために、特にその判断を下したと考えられるとして、樋口季一郎(上から4番目に「偉大なる人道主義者、ゼネラル・樋口」)と安江仙弘安の名前が記載されています※

我々がよく知っている杉原千畝の命のビザの話は、このオトポール事件の2年以上も後のことなのです。

さらに日本はドイツの反ユダヤ暴動をうけて1938年(昭和13年)12月の五相会議(内閣総理大臣・陸軍大臣・海軍大臣・大蔵大臣・外務大臣)でユダヤ人を差別しないことを閣議決定しています。

樋口季一郎の独断は大きな問題となり、ドイツからリッペントロップ独外相から、オットー駐日大使を通じて厳重な抗議が行われました。

当時の外務省、陸軍省でも樋口の独断を問題視する声が続出しました。

樋口は関東軍司令部に出頭し、当時関東軍参謀長であった東條英機(1884〜1948)と会い以下のように発言しています。

「参謀長、ヒトラーのお先棒を担いで弱いものいじめすることは正しいと思われますか」

東條英機はドイツの抗議に対して「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」と一蹴しました。

樋口の行為を認め何の処罰もしていません。 

ユダヤ民族に貢献した人々の名を刻むゴールデンブックに樋口、安江の両氏は名を連ねていますが、東條英機はユダヤ人との交流がなかったため、記載されなかったと言われています。

戦後の東京裁判ではソ連から樋口を戦犯として引き渡すよう要求がありましたが、これに反対し阻止したのはニューヨークに総本部を置く世界ユダヤ協会で、ソ連の要求を断固拒否するよう米国防総省に強く訴えました。

1945年8月9日、ソ連は日ソ不可侵条約を一方的に破棄して、満州・樺太・千島に侵攻してきますが、この時、樋口は占守島に侵攻したソ連軍に対して自衛の戦いを行うことを決断して善戦し、ソ連軍の北海道占領を阻止しています。

戦後スターリンはその樋口を戦犯に指名しますが、世界ユダヤ協会は、各国のユダヤ人組織を通じて樋口の救援活動を展開し、欧米のユダヤ人資本家はロビー活動を行いソ連の要求を断固拒否するよう米国防総省に強く訴えました。

その結果、マッカーサー元帥はソ連による樋口引き渡し要求を拒否し、身柄を保護しています。

これによって樋口に対する戦犯引渡し要求は立ち消えになりました。

仮に東條英機の名がゴールデンブックに記載されていれば東京裁判はまったく様相が異なったものになってと考えられます。

ニュルンベルク裁判は、ユダヤ人虐殺の責任者を裁く裁判であったが、東京裁判は、ユダヤ人虐殺の責任者であったナチスの指導者を裁く裁判ではなかったはずです。

にもかかわらず東京裁判は、ユダヤ人を助けた日本の指導者A級戦犯として絞首刑にしましたが、東京裁判は、この点においても大きな間違いを犯したと言わざるを得ません。

東京裁判において東条英機の弁護で、オトポール事件でのユダヤ難民救援について触れなかったのは、弁護側の手落ち言わざるを得ません。

当時の政府決定でユダヤ人を差別しないと定めた国は日本以外には存在していません。

日本は、東京裁判でこのことを主張しなかったのも弁護側の手落ち言わざるを得ません。
数千人のユダヤ人を救い、映画にもなった外交官の杉原千畝は知っていても軍人の樋口季一郎、安江仙弘、東条英機の働きを多くの日本人が知らないのは極めて残念でなりません。

※当時入国ビザなしに上陸できたのは世界で唯一、上海の共同租界、日本海軍の警備する虹口地区だけだった※

犬塚惟重大佐(1890〜1965)は、日本人学校校舎をユダヤ難民の宿舎にあてるなど、ユダヤ人の保護に奔走しています。

戦後、犬塚に対して樋口、安江と同じように「黄金の碑(ゴールデン・ブック)」に「偉大なる人道主義者」として称えたいとの調整があったが彼は頑なに固辞した結果、名前が残されることはなかった※

切手は1995年米国発行の「第二次世界大戦ホロコースト切手」で、収容所に入れられた人々がリアルに描かれています。


ホロコースト.jpg



杉原千畝の切手は発行されていますが、樋口季一郎、安江仙弘、犬塚惟重の切手は発行されていません。

辛うじてトーゴから1995年に東条英機の切手が発行されていますので紹介しておきます。



トーゴ.1995.jpg

posted by 血液の鉄人 at 07:28 | Comment(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月04日

狂犬病予防流行の実態

狂犬病は,今もなお世界のほとんどの地域で発生しており,世界保健機構(WHO)および国際獣疫事務局(OIE:Office Internationaldes Epizooties、別名世界動物保健機関)が狂犬病清浄国と認めている国は、ノルウェー、スウェーデン、アイスランド、イギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、台湾、日本、グアム、ハワイ、フィジー諸島のみとなっています。

しかし清浄国であった台湾は、2013年に野生動物のイタチアナグマに発生が認められ現時点で狂犬病汚染国となっています。

欧米では未だに狂犬病は発生しており清浄国は極めて少ないのが現状です。

狂犬病の発症後の有効な治療法は、現在も存在していません。

ご存知のように狂犬病の予防ワクチンは、1885年、フランスの科学者・細菌学者のルイ・パスツール(1822〜1895)によって弱毒狂犬病ワクチンが開発されています。

パスツールは狂犬病の予防ワクチンだけでなく、すでに感染した患者にワクチンを投与することで早期なら発病の防止が可能であることも発見しているます。

ただし、感染前(曝露前)であれば、ワクチン接種によって予防が可能です。

これはヒト以外の哺乳類でも同様です、そのため日本では狂犬病予防法によって、飼い犬の市町村への登録及び毎年1回の狂犬病ワクチンの予防接種が義務付けられています。

通常、狂犬病が人から人に感染することはありません。

また輸血により感染したという報告例もありません。

外国旅行に行って犬を見かけて近づいたり、触ったりすることは非常に危険です、これは殆どの国で狂犬病が未だ存在しているからです。

現実海外旅行で犬に噛まれて狂犬病を発症した人も報告されています。

切手は2002年モザンビーク共和国発行の、「ルイ・パスツール切手」で、狂犬病予防ワクチンを開発したルイ・パスツールとアラスカン・マラミュート、ビズラ、ピカルディ・シェパード、フレンチ・スパニエルの犬が描かれています。



パスツールと犬.jpg



posted by 血液の鉄人 at 07:29 | Comment(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月27日

ネコがHIV研究に役立つ??!!

ネコエイズは、人間のHIVに非常によく似たネコ免疫不全ウイルス(FIV:Feline Immunodeficiency Virus )で引き起こされます。

FIVは人間には感染しませんが、HIVとの多くの類似点があります。

またHIVはネコには感染することはありません。

ご存知のようにHIVに感染し、抗HIV薬を飲んでいてもヒトの細胞内でHIVは増殖し、抗HIV薬に対する抵抗性を示します。

また、HIVの特徴の一つである「逆転写酵素」によって、ウイルスRNAゲノムを宿主のDNAにコピーし、宿主のゲノムに組み込ませてしまいます。

FIVとHIVは、このDNAを宿主ゲノムに移植し、宿主細胞にウイルスの新しいコピーを生成させる点が類似しています。

逆転写酵素は、ウイルス増殖においてその重要な役割を果たすため、新しい抗エイズ薬の中心的なターゲットとなっています。

FIVの増殖を阻害する薬剤を作ることが可能となれば、当然FIVとHIVには類似点があることからして、HIV対策も役立つのではないかと期待されています。

ネコの切手は全世界から数え切れないほどの発行されていますが、今回はあえて日本発行の切手を取り上げてみました。

切手は2009年日本発行の「動物愛護週間制定60周年記念寄付金付き郵便切手」で共に愛くるしいネコが描かれています。


ネコ2..jpg




ネコ1..jpg


posted by 血液の鉄人 at 20:02 | Comment(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月20日

ヨードチンキ皮膚消毒の創始者

ヨードチンキは、ヨードの殺菌作用を利用した消毒薬です。

ヨードチンキは過程用消毒剤として幅広く使用され、馴染み深いものです。

1908年ウィーン大学のアントニオ・グロッシチ(1849〜1926)は手術を受ける患者の皮膚をヨードチンキを使用して迅速な消毒法を創始し、多数の症例をまとめて発表しました。

彼の消毒法は、グロッシヒ法として全世界に広まることになります。

この消毒法は手術する箇所に10〜20%のヨードチンキを2回塗るだけの簡単な方法であることから長年利用されてきました。

グロッシチの人生の後半は、医師よりも政治家・人道主義者・愛国者として知られています。


切手は1919年フューメ(ユーゴスラビアの港町でイタリア領)発行のグロッシチ財団募金の寄附金付切手で、グロッシチの肖像が描かれています。


グロッシヒ.png

posted by 血液の鉄人 at 18:24 | Comment(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
卵60.jpg

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