2024年06月21日

二十四節気−12.夏至−

本日2024年6月21日は夏至です。

夏至とは、1年で1番昼の時間が長い日で、この日を境にだんだんと日が短くなっていきます。

昼が一番長いと言っても梅雨のまっただ中で、田植えの時期です。

関西のある地域では、稲の根がタコの足のように深く広く張ることを祈願して、夏至から半夏生(夏至の10〜11日後)の間にタコを食す風習があり、関東では新小麦ともち米を半分ずつ混ぜ合わせて作った焼き餅を食べる風習があります。

これは小麦餅とも呼ばれており、「餅のように何事にも粘り強く」との意味が込められています。


ヨーロッパでは夏至祭と呼ばれるお祭りがあり、夏至(6月21日)または聖ヨハネの日(6月24日)のあたりに行われます。


切手は1991年旧ソ連発行の「民族まつり切手」の中の一枚で、ラトビアの夏至祭が描かれています。


ラトビアの夏至祭.ソ連.1991.jpg


切手は2016年中国発行の「二十四節気・夏 6種連刷切手」の中の一枚で、夏至が描かれています。


夏至.中国.2016.png


切手は2000年台湾発行の「二十四節気切手」の中の一枚で、夏至が描かれています。


夏至.台湾.2000.jpg



切手は2023年香港発行の「二十四節気切手U 夏」の中の一枚で、夏至が描かれています。


夏至.香港.2023.jpg
posted by 血液の鉄人 at 07:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 二十四節気 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月15日

梅毒に悩んだ著名人−13.スメタナ−

ベドルジハ・スメタナ(1824〜1884)は、チェコの作曲家・指揮者・ピアニストでロマン派の作曲家として有名です。

6つの交響詩から成る『わが祖国』と、オペラ『売られた花嫁』、弦楽四重奏曲『弦楽四重奏曲第1番 「わが生涯より」』で知られています。

1874年より現れた耳の疾患、進行性麻痺と精神錯乱の原因は、若い頃に感染した梅毒スピロヘータによる脳梅毒の末期症状だとされています。

彼は1874年7月から耳の疾患が悪化し、10月には聴覚を失いますが、発作のない時や弟子の手を借りて精力的に作曲を続けています。

1884年スメタナは、梅毒の進行による脳障害でプラハの精神病院に収容されてここでその生涯を閉じます、享年60歳でした。


切手は1934年チェコスロバキア発行の「音楽家切手」で、スメタナの肖像が描かれています。


スメタナ.チェコスロバキア.1934.jpg


切手は1949年チェコスロバキア発行の「スメタナ切手」で、スメタナの肖像とともに国民劇場が描かれてます。



スメタナ.チェコスロバキア.1949.jpg


切手は1951年チェコスロバキア発行の「プラハの春切手」の中の一枚で、スメタナの肖像が描かれてます。


スメタナ.チェコスロバキア.1951.jpg


切手は1954年チェコスロバキア発行の「チェコ音楽の年記念切手」の中の一枚で、スメタナの肖像が描かれてます。


スメタナ.チェコスロバキア.1954.jpg


切手は1974年チェコスロバキア発行の「スメタナ生誕150年記念切手」で、スメタナの肖像が描かれてます。


スメタナ.チェコスロバキア.1974.jpg
posted by 血液の鉄人 at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月08日

梅毒に悩んだ著名人−12.モーパッサン−

ギ・ド・モーパッサンアンリ・ルネ・アルベール・ギ・ド・モーパッサン(1850〜1893年)は、フランスの自然主義の作家です。

モーパッサンは梅毒トレポネーマに脳を侵された結果、精神障害を起こし自殺を図って、それがさらに体を弱らせる、この悪循環に陥り最終的には1892年自殺未遂を起こして、パリ16区パッシーの精神病院に収容され1893年にその病院で死亡しています。

1877年ころから先天的梅毒による神経系の異常を自覚するようになった言われています。

一説には1870年頃に感染したとも言われています。

モーパッサンの代表作は、『女の一生(原題・Une vie)』で当時トルストイにも高く評価されています。

1884年に発表した短編『二十九号の寝台』には、梅毒患者の美女の娼婦イルマが普仏戦争でフランスを占領したロシア兵に仇を討つために治療もしないで梅毒を感染させていき、やがては自分も梅毒に倒れることが描かれています。


モーパッサン短編集(三) (新潮文庫 新潮社; 改版 (1971/3/1))

※『二十九号の寝台』、『ル・オルラ』が収録されています※


モーパッサン.短編.jpg


彼が『ル・オルラ』を執筆した1880年頃には、第三期の進行性麻痺を伴った神経梅毒症状を呈し始めていたようです。

しかし、『ル・オルラ』には梅毒に関する記載は全くありません。

モーパッサンは、わが国においても20世紀初期の日本の作家にも影響を与えた作家です。

切手は1993年サンマリノ発行の「死去切手」の中の一枚で、モーパッサンの肖像とともに彼の作品が描かれています。


モーパッサン.サンマリノ.1993.jpg
posted by 血液の鉄人 at 07:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月05日

二十四節気−11.芒種(ぼうしゅ)

本日2024年6月5日は芒種です。

梅の実が黄色く色付き、百舌が鳴き始め、かまきりや蛍が現れ始める季節です。

最も味の良いトマトが出回る季節でもあります。

"芒(のぎ)"とはイネ科の植物の穂先にある硬い毛のことを言います。

芒種とはもともとは田植えの季節でしたが、現在ではもっと早い時期から田植えが行われています。

次第に梅雨めいて五月雨(さみだれ)の季節に入る時期でもあります。


切手は2023年香港発行の「二十四節気・夏 切手」の中の一枚で、芒種が描かれています。


芒種.2023.香港.jpg


切手は2016年中国発行の「二十四節気・夏 6種連刷切手」の中の一枚で、芒種が描かれています。


芒種.中国.2016.png


切手は2000年台湾発行の「二十四節気切手」の中の一枚で、芒種が描かれています。


芒種.台湾.2000.jpg


切手は2014年日本発行の「野菜とくだものシリーズ 第2集」の中の一枚で、トマトが描かれています。


トマト.日本.2014.jpg

切手は1977年日本発行の「自然保護シリーズ切手 第4集」の中の一枚で、ゲンジボタルが描かれています。


ゲンジボタル.日本.1977.jpg

切手は1966年大韓民国発行の「昆虫切手」の中の一枚で、ヘイケボタルが描かれています。


ヘイケボタル.韓国.1966.jpg
posted by 血液の鉄人 at 09:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 二十四節気 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年06月01日

梅毒に悩んだ著名人−11.マネ−

エドゥアール・マネ(1832〜1883)は、19世紀のフランスの写実主義の画家です。

1876年、7月に左足に痛みを覚えるようになり、1870年代末には左足の痛み、極度の疲労、全身に刺すような痛みなど梅毒の末期症状が現れます。

1881年頃には病状は一段と悪化し痛みで体が麻痺していきます。

1883年春には歩行困難になり病床に伏せるようになり、4月24日左足が壊疽になり切断することになります。

そして4月30日高熱と痛みに苦しみながら息を引き取ります、享年51歳でした。

彼がいつどこで梅毒トレポネーマに感染したのかは不明ですが、1860年代後半から娼婦と関係を持っていたと考えられています。

彼は梅毒の治療のために、当時の標準的な治療法である水銀療法を受けましたが、水銀による重度の副作用により視力や聴力に障害をきたしたと言われています。

梅毒によってマネは、自身の芸術に影響を与えたと考えられていて、マネの作品にはしばしば病気や死を暗示するようなモチーフが見られ、これは彼自身の病状を反映したものであると考えられます。

切手は2003年アルバニア発行の「マネ没後150年小型シート」で、彼の作品の『オランピア』とマネの自画像が描かれています。


マネ.2003.アルバニア.jpg



切手は1952年フランス発行の「著名人切手」の中の一枚でマネの肖像が描かれています。


マネ.フランス.1952.png


切手は1983年オートボルタ発行の「絵画切手」で、パレットを持ったマネの自画像が描かれています。


マネ.オートボルタ.1983.jpg


切手は2012年ブルンジ発行の「マネの絵画切手小型シート」で、パレットを持った彼の自画像とともに彼の作品の『春(1881年作)』が切手に描かれています。


マネ.ブルンジ.2012.jpg
posted by 血液の鉄人 at 06:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月25日

梅毒に悩んだ著名人−10.ゴーギャン−

ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(1848〜1903)は、フランスのポスト印象派の画家です。

1887年からは友人のシャルル・ラヴァルとともにマルティニーク島のサン・ピエールという村に滞在、マルティニーク島では原住民の小屋に住んで人間観察などを楽しみ、島内を旅行してインド系移民の村にてインド的モチーフや、戸外の情景を明るい色彩で描いた作品を多く残しています。

1891年に仏領ポリネシアのタヒチに滞在し現地の住民をモデルにした肖像画などゴーギャンの傑作を残しています。

病院では心臓病と診断され(梅毒の初期症状とも推測されている)、何度も入院するなど衰弱しており、さらに滞在費用が底を尽きたなどの理由で1893年にフランスに帰国します。

今でこそ高額で取引されているゴーギャンの作品ですが、当時は全く売れませんでした、ゴーギャンが最初にタヒチに滞在している間の1年半、画商に預けてある絵は1枚も売れませんでした。

彼はパリ滞在の間に梅毒トレポネーマに感染し、体調の悪化から何度も病院に入院しています。

彼は54歳という若さで急死しますが、死因はアヘンチンキという痛み止めの薬物の過剰摂取か、心臓発作、梅毒治療に用いたヒ素中毒と考えられていますが、梅毒による発作も否定できません。

切手は2008年サントメ・プリンシペ発行の「ポール・ゴーギャンの絵画小型シート」で、切手には彼の作品の『ヴァイルマティ・ティ・オア:彼女の名はヴァイルマティといった(1892年作)』(左上)、『ジャワ女アンナ(1894年作)』『二人のタヒチ女(1899年作)』(右上)、『オンディーナ(1889年作)』(右下)全てに彼の自画像、そしてシート面上『マナオ・トゥババウ(死靈が見ている)(1892年作)』、下『嫉妬するの?(1892年作)』が描かれています。

ゴーギャン.サントメ・プリンシペ.2008.jpg




切手は2009年ギニア発行の「ゴーギャン絵画切手」の中の一枚で、ゴーギャンの肖像とともに彼の作品『甘い夢』が描かれています。



ゴーギャン.甘い夢.ギニア.2009.jpg




切手は2018年仏領ポリネシア発行の「ゴーギャン生誕170年記念小型シート」で、切手とシート面には作品の一つである『黄色いキリストのある自画像』が描かれています。


ゴーギャン.仏領ポリネシア.2018.jpg

posted by 血液の鉄人 at 08:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月20日

二十四節気−10.小満(しようまん)

本日2024年5月20日は小満です。

小満とは、太陽の光を浴び、万物がすくすく成長しあらゆる生命が満ち満ちていく季節です。

ようやく暑さも加わり、麦の穂が育ち、山野の草木が実をつけ始め、ベニバナが盛んに咲き乱れ梅の実がなり、てんとう虫が見られるようになります。

束の間ですが1年で一番気持ちがよく過ごしやすい季節す。

西日本では梅雨の走りが見られます。


切手は2016年中国発行の「二十四節気・夏 6種連刷切手」の中の一枚で、小満が描かれています。


小満.2016.中国.png



切手は2000年台湾発行の「二十四節気切手」の中の一枚で、小満が描かれています。


小満.台湾.2000.jpg




切手は1994年日本発行の「普通切手 日本の自然シリーズ」の中の一枚でテントウムシが描かれています。



テントウムシ.日本.1994.jpg

                                        

切手は1990年日本発行の「47都道府県の花切手 山形版」の中の一枚でベニバナが描かれています。


ベニバナ.1990.jpg
posted by 血液の鉄人 at 07:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 二十四節気 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月18日

梅毒に悩んだ著名人−9.ロートレック−

アンリ・マリー・レイモン・ド・トゥールーズ=ロートレック=モンファ(1864〜1901)は、フランスの画家で後期印象派の代表的な作家の一人として知られています。

彼の身長は152Cmとしかなく、胴体の発育は正常でしたが脚は子供のままの状態でした。

彼の脚の以上は遺伝性の骨形成不全症とも考えられています。

彼はアルコールに依存していき34歳のときにはアルコール中毒による発作を引き起こし、強制的に入院させられ治療を受けますが、退院後も酒を飲みながら絵を書き続け、1901年再度発作を引き起こし36歳の若さでその生涯を終えました。

彼はキャバレー「ムーラン・ルージュ」との出会いから、キャバレーに入り浸るようになりこの頃から彼女らをモチーフとして愛情のこもった筆致で描くことになります。

そしてロートレックは娼婦への依存も次第に高まり、自身のコンプレックスと当時の下層階級である彼女たちとの親和性に強く惹かれていきその奔放な性生活により梅毒トレポネーマに感染してしまいます。

彼はアルコール中毒だけでなく、1890年頃には梅毒トレポネーマに感染していました、そのことからして彼の発作は梅毒によるものとも考えられます。


切手は1958年フランス発行の「著名人切手」の中の一枚で、ロートレックの肖像が描かれています。


ロートレック.フランス.1958.jpg


切手は1976年トーゴ発行の「ロートレック死去75年記念小型シート」で、彼の作品『モーリス・ジョワイヤン』(切手左)、『メッサリナ』(切手右)とともにシート面には彼の肖像が描かれています。


ロートレック死去75年トーゴ.1976.jpg
posted by 血液の鉄人 at 08:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする