2010年07月04日

梅毒の症状に悩んだ文豪芥川 龍之介

芥川 龍之介(1892〜1927年)は、日本の小説家で、数多くの短編小説を残しています。

「芋粥」「藪の中」「地獄変」「歯車」など、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』といった古典から題材をとったものが多く、「蜘蛛の糸」「杜子春」といった児童向けの作品も残しています。
 
彼も梅毒に感染して、その症状に悩んでいました。

彼の作品の一つの『南京の基督』では、悪性の楊梅瘡(梅毒)を病んだ少女に、友人が次のように言っています。

「あなたの病気は御客から移つたのだから、早く誰かに移し返しておしまひなさいよ。さうすればきつと二三日中に、よくなつてしまふのに違ひないわ。」(原文通り表記)

自殺する前の芥川龍之介は、子どもが、「お化けだ」と怯えるまでに痩せ衰えていた。

当時このような衰え方は、外国で梅毒に罹患した患者によく見られたものらしく、シベリア出兵でロシアに乗り込んだ兵士達の中でも、ロシア人娼婦を買って梅毒になったものたちは極めて激烈な症状を呈したと言われています。

更に中国に渡って現地で梅毒にかかった者たちの衰弱ぶりも「ロシア梅毒」と同様だったと言われています。

このように大正時代の梅毒の症状は、非常に激しい症状を起こしていたと当時の医学書等に記述されています。

現在の梅毒は、この様な激しい症状を引き起こすことが無く、感染したことが分からないのがほとんどです。

彼の自殺の原因と一つとしては、中国旅行の際に女を買い梅毒になり、宇野浩二と同様に脳梅毒になり、発狂するのではないかという不安によるものとされています。

切手は、1999年発行の「20世紀シリーズ第三集」で、顎に手を当てた代表的な芥川 龍之介の写真と、彼の代表作の「羅生門」の初版本のタイトルが描かれています。
芥川龍之介.JPG
posted by 血液の鉄人 at 08:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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