2024年04月23日

ビーグル犬物語−8.リトアニアビーグルを知っていますか−

リトアニアビーグルは、エストニアビーグルとよく似た犬種で、エストニアビーグルと同じく、バルト三国原産の嗅覚猟犬ですが、体高がやや低く、被毛の色もより白色を基調としたものが多い犬種です。

体高は35〜45cm、体重は10〜15kg程度の小型犬で先細りのマズルを持つセントハウンド犬種で、体高はエストニアビーグルと比べるとさらに低めです。

その分小回りが利き、狭い場所でもにおいを追跡することが可能です。

耳は垂れ耳、尾は飾り毛の少ない垂れ尾で被毛は短毛で、毛色は白地に茶色や黒の斑点やマーキングが入ります。

性格は明るく活発で、人懐っこい犬種ですが、運動量が多いので散歩やドッグランなどで十分に運動させてあげることが大切です。

また、知能が高く、訓練にもよく応えます。

リトアニアビーグルは、嗅覚猟犬としてだけでなく、家庭犬としても人気があり活発で遊び好きなので、子供がいる家庭でも楽しく過ごせる犬種とされています。

切手は2023年リトアニア発行の「リトアニアンハウンド切手」で、リトアニアビーグルが描かれています。

リトアニアハウンド.リトアニア.2023.jpg
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2024年04月20日

梅毒に悩んだ著名人−5.ウィリアム・シェイクスピア−

ウィリアム・シェイクスピア(1564〜1616)は、イングランドの劇作家、詩人であり、イギリス・ルネサンス演劇を代表する人物です。

我が国ではロミオとジュリエットなどで知られるていますが、彼も梅毒を患っていた可能性があります。

彼が梅毒であったことは、彼の作品の中に出てくる梅毒の症状の記述が非常に正確であることに加え、手の震えや禿ていたことは梅毒の治療に使われていた水銀中毒だったからなどの証拠があります。

彼の死因は梅毒ではなく、腐りきったニシンから伝染した感染症であるとされていますが、彼の死因ははっきりとはしていません。


切手は1964年イギリス発行の「シェークスピア・フェスティバル記念切手」の中の一枚で、彼の肖像とロミオとジュリエットのバルコニーのシーンが描かれています。


シェークスピア.ロミオとジュリエット.イギリス.1964.jpg



切手は1964年ハンガリー発行の「シェークスピア生誕400年記念切手」で、彼の肖像が描かれています。


シェークスピア.ハンガリー.1964.jpg



切手は1964年ルーマニア発行の「文化の日記念切手」の中の一枚で、彼の肖像が描かれています。


シェークスピア.ルーマニア.1964.jpg

切手は2014年アルバニア発行の「シェークスピア生誕450年記念切手」で、羽ペンとともに彼の肖像が描かれています。



シェークスピア.アルバニア.2014.jpg

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2024年04月19日

二十四節気−8.穀雨(こくう)

本日2024年4月19日は穀雨(こくう)です。

穀雨とは田畑を潤し、穀物の成長を促す春の雨のことを言います。

この時期は雨が多く、この時期の雨は百殻春雨(ひゃくこくはるさめ)とも呼ばれており、あらゆる穀物を潤し育てる恵の雨と考えられてきました。

それまで不安定だった春の気候が安定し、種まきや田植えのシーズンとなり、春の花が次々と開花し、牡丹やチューリップ、フジなども見頃を迎えます。

そしてこの時期は、タケノコ(筍)が旬を迎えます。

穀雨が終わると立夏になり、暦の上では夏が始まります。



切手は2000年台湾発行の「季節切手」の中の一枚で、穀雨が描かれています。


穀雨.台湾.2000.jpg



切手は2020年香港発行の「二十四節気・春の小型シート」に収められた一枚で、穀雨が描かれています。


穀雨.香港.2020.jpg



切手は2023年台湾発行の「二十四節気の絵画:春 (2023)切手」の中の一枚で、穀雨が描かれています。


穀雨.台湾.2023.jpg


切手は1980年タイ発行の「子供の日記念切手」の中の一枚で、田植えが描かれています。

タイ.田植え.1980.jpg



切手は1971年中華民国発行の「中国民話切手」の中の一枚で、タケノコ採りが描かれています。


タケノコ採り.台湾.1971.jpg




切手は2003年日本発行の「ふるさと切手 東京の四季の花・木」の中の一枚で、フジが描かれています。


フジ.日本.2003.jpg
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2024年04月13日

梅毒に悩んだ著名人−4.オスカー・ワイルド−

オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド(1854〜1900)は、アイルランド出身の詩人、作家、劇作家で、日本人は『幸福の王子』の作者として知られています。

彼の作品の『幸福の王子』はいつ読んでも感動します。

オスカー・ワイルドも若い頃に梅毒に感染しています。

彼は当時の梅毒の治療法だった水銀療法を受けましたが当然ながら梅毒は完治しませんでした。

オスカー・ワイルドの性的興味は男性に向き同性愛にのめり込んでいきますが、当時は同性愛への理解がなく、男色を咎められたオスカー・ワイルドは2年の禁錮刑と強制労働が科せられることになり破産宣告も受けました。

出所後は各地を転々とし、失意のうちに1900年に梅毒による脳脊髄炎で死亡します。


切手は2000年アイルランド発行の「オスカー・ワイルド死去100年記念切手」の中の一枚で彼の肖像が描かれています。


オスカー・ワイルド.アイルランド.2000.jpg


切手は2000年アイルランド発行の「オスカー・ワイルド死去100年記念切手」の中の一枚で『幸福の王子』の像とツバメが描かれています。



オスカー・ワイルド.幸福の王子.アイルランド.2000.jpg


切手は2004年サンマリノ発行の「著名な小説家切手切手」の中の一枚で、オスカー・ワイルドが描かれています。


オスカー・ワイルド.サンマリノ.2004.jpg


切手は2010年アイルランド発行の「2010年ヨーロッパ切手」で、彼の代表作『幸福の王子』登場するツバメと幸福の王子の像が描かれています。


幸福の王子.アイルランド.2010.jpg
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2024年04月11日

ビーグル犬物語−7.エストニアンハウンド エストニアビーグルを知っていますか−

エストニア産の大型のセントハウンド犬種をベースにイングリッシュ・フォックスハウンド、ビーグル、小型のスイス産ラウフンド系犬種などを掛け合わせて作出された。

ビーグルとラウフンド系犬種は犬のサイズを落として且つスタミナをつけるために掛け合わされた。

エストニアビーグルは、エストニア原産の嗅覚猟犬で20世紀初頭に、エストニア産の大型のセントハウンド犬種をベースに、イングリッシュ・フォックスハウンド、ビーグル、小型のスイス産ラウフンド系犬種などを掛け合わせて作出されました。

体高は45〜52cm、体重は15〜20kg程度の小型犬です。

先細りのマズルを持つセントハウンド犬種で、体高は他のバルト三国原産の猟犬種と比べると低めの部類に入ります。

その分小回りが利き、大型犬では入りにくい狭い場所でもにおいを追跡することが可能です。

耳は垂れ耳、尾は飾り毛の少ない垂れ尾で被毛は短毛で、毛色は白地に茶色や黒の斑点やマーキングが入ります。

性格は明るく活発で、人懐っこい犬種ですが、運動量が多いので散歩やドッグランなどで十分に運動させてあげることが大切で、更に良いことは知能が高く訓練にもよく応えます。

エストニアビーグルは、嗅覚猟犬としてだけでなく、家庭犬としても人気があります。

以下に、エストニアビーグルの特徴をまとめます。

原産国:エストニア
体高:45〜52cm
体重:15〜20kg
性格:明るく活発、人懐っこい
被毛:短毛、白地に茶色や黒の斑点やマーキング
用途:嗅覚猟犬、家庭犬

切手は2005年エストニア発行の「猟犬切手」で、エストニアンハウンド エストニアビーグルが描かれています。


エストニアビーグル.エストニア.2005.jpg
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2024年04月06日

梅毒に悩んだ著名人−3.ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ−

オランダのポスト印象派の画家で、"炎の画家"、"狂気の画家"と称されて有名フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ(1853〜1890)も梅毒を患っていました。

梅毒と診断されてからは水銀療法や座浴療法を受け続け、晩年は梅毒が進行し梅毒による麻痺性痴呆と診断されて、精神病院にも入院しています。

ゴッホは淋病で入院していた時期もあったことから、なおさら梅毒感染説は真実味を帯びるというわけです

ゴッホは生前から「耳きり事件」などの奇行が目立っていたことから、統合失調症や双極性障害、メニエール病による奇行というのも有力な説ですが、神経梅毒が原因の奇行だったのではないかという説もあります。


切手は1990年セントビンセントおよびグレナディーン諸島発行の「ゴッホ死去100年記念切手」の中の一枚で、耳を切り落とした後の『包帯を巻いた自画像』です。


ゴッホ自画像.セントビンセントおよびグレナディーン諸島.1990.jpg



切手は2003年サントメ・プリンシペ発行の「著名人切手シリーズ」の中の一枚で、耳を切り落とした後のゴッホの肖像が描かれています。



ゴッホ.サントメ・プリンシペ.2003.jpg



切手は2001年モザンビーク発行の「ゴッホ絵画連刷切手」で、ゴッホの肖像と彼の絵画が描かれています。


ゴッホ連刷切手.モザンビーク.2001.jpg



切手は1998年ウドムルト共和国発行の「絵画切手」でゴッホの肖像が描かれています。


ゴッホ.ウドムルト共和国.1998.jpg
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2024年04月04日

二十四節気−7.清明(せいめい)−

本日2024年4月5日は清明です。

清明とは万物が清らかで生き生きとした様子を醸し出し花が咲き、蝶が舞い、空は青く澄み渡り、爽やかな風が吹く頃です。

桜の花が咲きほこり、お花見のシーズンでもあり雨が多い時季で、暖かくなった後に小雨が降り続いて寒くなったりもします。

冬の間日本で過ごした雁が北のシベリアに帰り(鴻雁北:こうがんかえる)、冬の間、暖かい東南アジアの島々で過ごしていたツバメが海を渡って、日本にやってくる頃(玄鳥至:つばめきたる)です。

そして旬の物としては、サザエ・三つ葉・新じゃがいもの美味しい季節でもあります。

【おまけの話】

青森県津軽地方に伝わる習俗で雁風呂(がんぶろ)があります。

秋も深まり日本へやってくるとき、雁は海の上で羽を休めるための枝をくわえてやってきて、飛び疲れると波間に枝を浮かべ、その上に停まって羽根を休めそうやって津軽の浜までたどり着くと、要らなくなった枝を浜辺に落としていきますが、翌年春になり北へ去るころ、また同じ枝を拾って海を渡ります。

雁たちが北国に去った後に浜辺に拾われていない枝が落ちてその数だけ生きて北国に帰れなかった雁の数だけ枝が残り、それは冬の間に日本で死んでしまった雁がいるということになり、このことを村人は哀れみ、その枝で風呂を焚き、旅人にふるまい供養したといいます。

この言い伝えは、1974年のCMで広がったとされ、青森県内で伝承されたものではないとされています。

私の拙い記憶では、確か山口瞳が某スキーを飲みながらこの話を聞き、哀れな話だなぁ!と呟くCMだったはずです。

※やっとこの画像を見つけましたので、紹介させていただきます。

懐かしのTVCMアーカイブ様お礼申し上げます。

『1974年CM サントリー サントリーウイスキー角瓶 雁風呂 山口瞳』


このことについては、1980年頃津軽方面に出張した際に地元の方10人ににこの言い伝えのことを聞きましたが、どなたも知らないと言われたのを今も記憶しています。


切手は2000年台湾発行の「季節切手」の中の一枚で、清明が描かれています。


清明.台湾.2000.jpg


切手は2015年中国発行の「二十四節気・春 6種連刷切手」の中の一枚で、清明が描かれています。


清明.中国.2015.jpg


切手は2020年香港発行の「二十四節気・春の小型シート」に収められた一枚で、清明が描かれています。


清明.香港.202.jpg



切手は2023年台湾発行の「二十四節気の絵画:春 (2023)切手」の中の一枚で、清明が描かれています。


清明.台湾.2023.jpg


切手は1989年ソ連発行の「自然保護小型シート」で、雛に餌を運ぶツバメの親鳥が描かれています。


ツバメ.ソ連.1989.png



切手は1967年日本発行の「魚介シリース切手」の中の一枚で、サザエが描かれています。


サザエ.日本.1967.jpg
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2024年03月29日

梅毒に悩んだ著名人−2.フランツ・シューベルト−

フランツ・ペーター・シューベルト(1797〜1828)は、オーストリアの著名な作曲家で、『野ばら』、『美しき水車小屋の娘』、『魔王』、『冬の旅』、『未完成』などの有名曲で知られています。

シューベルトは31歳の短い人生の間に1000曲を超える作品を残しています。

シューベルトは25歳の1822年の年末か、1823年の初頭に梅毒の診断を受けたと考えられています。

フランツ・シューベルトは、女中から感染したとされています。

彼の代表作である『未完成交響曲』を作曲していた時は、梅毒の第1期から第2期への移行期と考えられます。

時期は、まだ神経障害は起こっていません。

当時の梅毒は“不治の病”とされており、感染したシューベルトは極めて大きなショックを受けたと思います

悲劇的な状況に対する大きなショック、そして神に見放されたかのような思いと、半面、神の救いへの渇望などが入り乱れて、シューベルトは『未完成交響曲』を作曲しましたが、1楽章は彼の苦悩を音楽にし、2楽章では神の救いを音楽にした時点で、これ以上、もう書くことがなくなり未完となったとも考えられます。

シューベルトの死因については、死去した年の10月にレストランで食べた魚料理がもとの腸チフスであったとも、エステルハージ家の女中から感染した梅毒の治療のために投与された水銀が体内に蓄積した結果中毒症状を引き起こして死に至ったとも言われています。


切手は2022年ボスニア・ヘルツェゴビナ発行の「シューベルト生誕225年記念切手」で、シューベルトが描かれています。


シューベルト.ボスニア・ヘルツェゴビナ.2022.jpg



切手は2022年北マケドニア発行の「シューベルト生誕225年記念切手」で、シューベルトが描かれています。


シューベルト.北マケドニア.2022.jpg


切手は2022年ニジェール発行の「シューベルト生誕225年記念小型シート」で、シューベルトが描かれています。


シューベルト.ニジェール.2022.jpg

posted by 血液の鉄人 at 20:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 医学切手 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする